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老後4 [お勉強]

老後はお金では解決しないと思う。お金は老後を送るための道具に過ぎない。いくらお金があっても環境がそこに無ければ使えない、眠れる資産でしか無い。人は創られた環境を求めるばかりで自分から動ける人は少ない、むしろねたみやひがみ、負けず嫌いなどから、壊そうとする人の方が多いのかも知れない。まだ一部の人たちだけれど、自分たちの環境は自分たちで創ろうとする人たちも出てきているようです。今までの政策が、特別養護老人ホームのような公的施設で、介護されるような老後ばかりすり込んでしまったからなのかも知れない。家族に迷惑をかけたくないと、何でもかんでも公的機関に、おんぶにだっこの老後など成立するわけがない。家族で面倒見られない者を公的機関に任せきりにするのは無責任だろう。介護ありきの老後というのが成立しない政策なのだと思う。昔、家族の中で自己の役割を果たしながら老後を送ったように、自己の役割を果たしながら社会参加しながらの老後しか無いように思う。周囲からの支援を受けながらでも、社会参加が容易な社会にしていくことなのだと思う。現在の行き過ぎた競争社会の対極にあるような社会に成るのだと思う。少なくとも市場経済万能の新自由主義社会とは縁の無い社会と言って良い。多くの人が参加しやすい環境を育てて行くことなのだと思う。働いても報われない社会では無い、行き過ぎた競争社会でも無い。孤立しない程度に振り回されない、ほど良い環境を育てていくことになるのだと思う。多くの人が社会参加しやすい環境を育てて行くことが豊かな老後を送れる環境になるのだと思う。
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作品 [お勉強]

いつどこでだれが何をしたなどの表現内容と何を使ってどのように表現したと言った表現方法の混同混乱が見られるようです。小説や物語などの古典的な文字文章などによる表現から、写真や映画などの表現。もちろん絵画やデッサン、伝統芸能や文化。後世に受け継がれていくものと流行のはやり廃りとともに忘れ去られていくもの。受け継がれている作品のすべてと言って良いと思う、その表現内容と方法に高度なバランスが成立しているように感じられる。一方はやり廃りの激しい、一過性のものに見られるのは内容の奇抜さ新しさなど、その場の感情に訴えているものが多いように感じられる。衝撃的な映像や表現は見るもの聞くものを虜にして感動や感心を引き寄せるが、時とともに色あせ、忘れ去られていくようです。またこのような映像や表現は反感や反発も呼び込みやすいようで社会問題に発展することも多いようです。一方その内容と方法のバランスの良いものは、見るもの聞くものを夢の世界へと誘いますが、極端な強調や誇張が少ないため、穏やかな刺激となり、通り一遍の見聞きでは理解できないものも少なくないようです。最初から評価の対象にすら成らないこともあるのかも知れません。そんなせいか昨今は時代を強調誇張した表現ばかりが用いられるようで、見るもの聞くものの感情をもてあそんでいるだけのようなところもあるようです。性描写やサプライズ映像の反乱などはその典型でしょう。そこにあるのは見るもの聞くものの感情に訴えるだけの自己アピールでしかないのかもしれません。またそこに受け手の感情は存在しないのだと思われます。その表現内容と表現方法のバランスを考えるなら受け狙いの刺激的な表現から、対象への刺激を抑えた静かな表現になるのかも知れません。作者の心の変化も大きいのかも知れません。怒りやいらだち恐怖や不安にさらされているとき、穏やかな平穏に包まれているときなどそのときどきによって作品に変化が生じてしまうのも自然なことだと思います。ただあるがままの表現でも良いのかも知れません。取り返しのつかない表現でなければ、やり直しができるならそれでも良いのかも知れません。
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おだいじに2 [お勉強]

垂れ流される国会中継、日本人の居なくなった相撲中継、外国文化の押しつけと洗脳、外国名に塗りつぶされるゲームネーム。プロパガンダ、政治工作なのだろう。戦前の大本営発表と同じなのかも知れない。支持を失い、正当性を失いつつあるアメリカ政治、アメリカ支配の崩壊の始まりなのだろう。どうするのが良いのかどうなるのか全く先の見えない現実にさらされている。ただおごり高ぶり傲慢さが招いている権力維持、民主政治という名前にすがりついているのだろう。イスラム国という共通の敵を作り未開の民をなぶり殺しにしても自己のわがままを強引に押し通したい、自己顕示欲でしかないのだろう。国際化、共通化、標準化の中で受け入れられない、取り残される自分が居て、何かしなければ居られないと言う不安に駆り立てられているのかも知れない。多種多様な世界中の情報が溢れかえり、聞こえてくる対象のすばらしいところばかりに目が行ってしまうのだろう。そこには劣等感やねたみひがみばかりがはびこっている。相談できない表現できない怒りややりきれなさが漂い爆発暴発へと向かってしまう。かゆいところをかくように痛みでかゆさをごまかすような行為がとられてしまう。今のつらさを紛らすための自傷行為や対象に向けての暴力。もともと小さな集団の中で形成育まれてきた文化文明である。その文化文明の進展発展によってより大きな集団が形成され、そのときどきに於いて文明の衝突があり、破壊と創造が繰り返されてきている。自然や歴史には逆らえないのも事実だと思う。ただ何を選択するかしないかはゆいいつ残された道だと思う。
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標準化4 [お勉強]

国内でもいろいろ世界遺産に指定されるようになってきたけれど、世界遺産の指定って誰のため何のためのものだろうね。世界遺産に指定され登録されたことで多くの観光客が訪れるようになり、日本の文化が発信されるようになった。それだけ。その裏で世界遺産に指定された観光地は外国人が溢れかえり、地元の客や常連客が閉め出される結果になってしまった。食文化も外国人にもてあそばれ見世物としての食卓になりつつある。食費がかさむようになり、貧富の差が際立つようになり、富裕層の道楽か酔狂でしかないようだ。権力者の見栄や道楽に日々の生活が冒されるばかりのようだ。国際化、共通化、標準化の速度が速すぎるのだと思う。受け入れ体制が整わないまま、呼び込みばかりしているのだろう。当然予期せぬ対立や衝突なども呼び込んでしまう。適応できない、なじめない人たちばかりが増えていくようだ。当然環境は荒んでいく。もう少し丁寧に、もう少しゆっくり進める、もう少し落ち着ける余裕すらなくしているのだろうか。
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おだいじに [お勉強]

作品、ものごとと言って良いと思う、には作りたい作品と欲しい作品がある。これらが一致することは珍しいのだろう。多くの場合作りたい作品といらない作品、欲しい作品と作りたくない作品となってしまうようだ。傲慢とかわがままなのだろう。わがまま放題に育てられ何でも思い通りになると思い込んでしまっているのかも知れない。何かにつけて権利は主張するが義務や責任は忘れてしまう。先日のテレビで叱られることについてやっていた。褒めることばかりで叱られることがない、なんでもかんでも良いねとか褒めおだてるばかりで条件反射みたいな対応に終わってしまう。先日のテレビでも教育にも叱咤激励が必要なことを示唆していた。事の善悪、事の重大性を理解できないまま大人になってしまう、大人にされてしまうのだと思う。権力とは恐ろしいものだ。それを知らないまま、理解できないまま大人にされてしまう、昇進してしまう、管理職にされてしまう。肩書きだけの中身のない管理職が、職歴学歴ができてしまう。あれがしたいこれが欲しいばかりで、これに応えられる環境が育たないまま、作りたい作品いらない作品ばかりが氾濫してしまう。神や仏、歴史や自然対して畏敬の念とか謙虚さを失っている失いつつあるのだろう。現在の生活は先人故人の遺産の上に成立している。文化文明の進展によって多くの事象に科学的裏付けがなされ解明されていく中で神や仏、自然や歴史が忘れ去られているのかも知れない。そんな環境にほだされ謙虚さとか畏敬の念といったものは忘れてしまうのかも知れない。もう少し畏敬の念とか謙虚さを大切にすべきだと思うけどね。
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リーダー4 [お勉強]

マズローによると人は生きていくために「生理的欲求」(食べたい、寝たいなど)があるそうです。それが満たされると「安全欲求」(安全、安心な暮らしがしたい)となり、「社会的欲求」(集団に属したり、仲間が欲しくなったり)となるそうです。さらに「尊厳欲求」(他者から認められたい、尊敬されたい)、「自己実現欲求」(自分の能力を引き出し創造的活動がしたいなど)となるそうです。
自分はどうなのだろう。食べるとか寝るとかの欲求は満たされているようですが本当でしょうか。何を食べたら良いのか解らない、料理ができない、家計管理ができない、バランスの良い食事を考えたとき食べることすらできていない、栄養失調にも成りかねない状態でもある。寝れているようだけれど寝付きが悪かったり朝早く目が覚めてしまうことも少なくない。集団とか仲間とか考えたとき何かにつけ相談できるところすらなく行き詰まってしまうことも少なくない。認められたい尊敬されたいというのも、自分を表現できずに閉じこもりがちで、周囲のさらしものにされてしまうという痛し痒しの状態にある。創造的活動というのもできているようでも有り独りよがりに過ぎないようでもある。満たされているようで何も満たされていない、自分が見えていない、どうしたら良いのか解らない。
ただこれらを人に求める限り実現することはあり得ないのかも知れない。自分が何をしたいのか、何が欲しいのか見えなくなっているのだと思う。それらが歪んだ欲求となり適応障害、問題行動となっていくのかも知れない。物欲金欲と言ったものがすべてを満たす欲求となり、全体として成立しない欲求となってしまい、問題行動でしかなくなってしまう。リーダーになることでもこれらすべての欲求を満たすことができる。リーダーとは主とか王とか言うような固定的な存在ではない。集団の中で自他共に認められた時だけ存在する不安定な存在とも言える。単純に欲求を満たす手段として主になること、自分の城を持つことで良いのかも知れない。あまりに単純に自己の財産を大切なものを投げ出してしまった、だまされてしまった、あきらめてしまったのだと思う。
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学校2 [お勉強]

国公立校の補助金が削減され、私立校との差が無くなってきて久しい。結果はどうだったのだろう。国家運営などの公務員を育てるための本来の目的からはずれ、授業料などの教育費を負担できるご子息のための私物化が進むばかりのようだ。あげくは海外からの不正献金目的と思われる留学生の受け入ればかりがもてはやされている。より多くの人に平等に教育に機会を提供しようという名目ばかりが一人歩きしていくようだ。結果は学生の質が下がり、通学の魅力が失われ、リーダーが育ちにくくなり日本を食い物にする輩ばかりが育つようになるばかりのようだ。日本の教育は日本人のためのものであり日本のための人材育成が本来の設立趣旨であろう。留学生などの海外支援、国際交流が主目的では無いはずだけれどね。これも国際化標準化共通化の行き過ぎた競争社会に巻き込まれているだけなのかも知れない。学校に行きたくなるような、学びたくなるような環境に戻すことなのかも知れない。国家国民のために働いてくれる人材育成としての公教育として明確な位置付けと支援がなされるべきだろう。ご子息を育てたいだけならもう少し自由な環境を提供することが魅力ある校風作りとなるのだろう。国公立校と私立校それぞれの役割の明確化が必要なのだと思う。現在のような中途半端な支援が教育機関の魅力を奪い学生の質の低下を招いているように思う。学びたいのは自信の持てる誇りの持てる教育であって、私物化されたご都合主義の教育を学びたい人は居ないと思うけどね。魅力ある校風作り、教育環境作りが後継者の育成、国家企業などの継続継承になっていくように思うけどね。
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過信 [お勉強]

集まって何かを始めようとかしたときついつい声の大きい方に流されてしまう。いつでも参加取りやめとか中止にできる様なことなら良いが日常生活に支障が出たり後々にまで及ぶようなことだと見過ごせなくなってくる。オリンピックなどは良い例だろう。景気回復だデフレ脱却だと言って都民が辞退しているのにテンションばかりが上がってしまったのだろう、呼び込んでしまった。東京は過密状態で疲れ切っている、元気なのは政治家ばかりだ。自身が特別な存在のように思えたり、神のような存在に感じたり、何でもできそうな妄想に駆り立ててられているのかも知れない。実体が伴わない場合、精神医療では陽性症状として危険な状態にあることとしている。事件、事故、自殺などに結びつくことも少なくない。戦争での勝利や大きな成功体験、高度成長期など自信過剰、過信として現れやすいのかも知れない。実体の伴わない自信から発生している根拠のないものだから、昔から「勝って兜の緒を締めよ」というように強く戒めている。勝ち組負け組というような格差問題からの政情不安も加速するばかりだ。企業の海外展開など国内の空洞化も歯止めがかからない。そんな激流の中多くの人が戸惑い、迷い、適応できずにもがき、翻弄されている。国際化標準化共通化が招いた貧困だと思うけれど、もう少し謙虚に暮らすべきだと思う。周りが見えなくなって、自身が飛び出してしまっていることも見失って、感情のコントロールができなくなっているのかも知れない。護送船団方式から個々の能力に任せすぎた運営になっているのだと思う。もう少し落ちこぼれが出ないような速度が正しい選択なのだと思う。多くの人が適応できるような環境がよりよい選択なのだと思う。
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老後3 [お勉強]

ついこの間まで医療ツーリズムだとか患者を招こうと言っていたのに、今度は医者にかかれないとか言い出した。極端な一極集中と過疎化を取り上げながら、オリンピックだと言って東京に人を集めようとするばかりだ。集めるばかりで結婚させない産ませない育てさせない環境ばかり作り上げる。支離滅裂だね。あげくは対外支援だ国際協調だTPPだと言って、海外向けの大盤振る舞いばかりに明け暮れている。否定的悲観的な感情に訴えるのが好きなのかな。不安感絶望感を植え付けたいのだろうか。なんでも金銭評価に置き換えないと思考回路すら働くなっているのだろうか。何でもかんでも悲観的否定的に捉えて右往左往していればご希望通り医療も福祉も破綻して日本すら崩壊してしまうのだろう。日本の破綻崩壊のシナリオがご希望のようだ、困ったものだ。老後はお金では解決しないと思う。老後は後継者の手にあると言って良い。日本の貯蓄率は世界一だそうだが心や体の自由を失ってからお金を使うことはできない。後継者に自己の希望するように使ってもらうしかない。そのように育てるしかない。後継者を育てることが老後そのものだと思う。お金で老後は買えないと言うことだと思う。
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イメージ [お勉強]

復讐の政治。なのかな。安倍政権、わがまま気ままな外遊、パーティなどを誇示するのが好きなようだ。怒りやいらだちばかりがこみ上げてくるように仕向けられているようだ。何一つ国民のために働いていると言うイメージと結びつかないからだろう。身勝手な自己満足のための外遊であり国民資産のばらまきにしか映らないから怒りやいらだちばかりがこみ上げてしまうように思う。一国の首相が外遊を重ねて友好関係を結ぶのは好ましいことなのに、それが金をばらまくだけの身勝手な行為としか映らないのは寂しいばかりだ。それだけ政権と国民の乖離が進んでいると言うことなのだろう。お荷物でしか無い政治であり政権になりつつあるのだと思う。
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