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 [政治]

法は何のためにできたのだろう。誰が何のために始めたのだろう。法の元、法の始まりは何なのだろう。小さな家族や集落があって、そこに生きるためのルールや掟が始まりなのだろうね。生き残るための知恵の塊が掟や法となって生き続けているように思う。集落が徐々に大きくなり、村や町ができてくるとともに法と集落や住民の乖離が始まるのだろうね。そこで暮らす住民や集落にとって村や町といった存在が時として重くなっていくのかも知れないね。村や町の一員として存在する価値、止まる価値が薄らいでいくのだろうね。当然そこにある法や掟を守る意味も消えていくのだと思う。その村や町で生きていくために従わなくてはならないモノの存在根拠が失われていくときだと思う。企業も自治体も国や条約もその一員としての存在する意味が失われるとき、法や条約が意味を失い、統治が崩壊していくのだろうね。現在の大きくなり過ぎた統治システムをあなたはどこまで支持できるのだろう。自己や家族が生き延びるために企業や自治体、国家、条約に縛られながら生きているのだと思う。そこに止まる理由より負担の方が大きくなるにつれ組織の崩壊が始まるのだろうね。肥大化した国連やオリンピックなども止まる意味が失われつつあるのだろうね。外交親善を優先するか国民生活を優先するかの天秤にかけられることになるのだろうね。戦前の国連脱退からの戦争への道はいただけないけれど、関わり方は変えていくべきなのだろね。法も条約も守ること守らせることでもたらされる利益が何であるのか理解できないときも崩壊していくのだろうね。法や条約の守るべき価値や意味が失われつつあるのが現状なのだろうね。新しい法や秩序が求められているのかも知れないね。
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