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チーム [お勉強]

人に何かをお願いするとき、その人の心を感じながらお願いするのと、無機質な業務命令のようにお願いするのでは結果に大きな開きが生じてしまう。僕の見る限り多くの人が無意識にその場の雰囲気に流されて心あるお願いと無機質な指示のような関係を組み立てているように思われる。介護の現場において患者との接し方の一つにユマニチュードという方法があるそうだけれど心あるお願いを重視した介護の方法だと思う。人はいくつになっても認知症などの病気になってもその人なりの人格、心が消えることはあり得ない。人格、心が存在するから何事につけても自己決定権が見え隠れしているとも言える。多くの場合その関係性の中で支配と服従のような一方的な関係に陥りやすく支配される方の自己決定権は隠れてしまう、無視されてしまうのが一般的なようです。最近はチーム医療、ゾーンデフェンスなどといったチームのメンバーとしての集団運営体制が組まれるようです。チームとしての業務運営だけにチームの中に個人が埋没してしまい無機質なお願いするされるの関係が生じやすくもあるのかも知れません。人は自分を認めてくれる人を大切にするのも現実だと思う、この無機質なお願いするされるの関係性の中にそれらが芽生えることはないように思います。また個々人の心や人格の認知がその人の行動エネルギーであるのも事実だと思います。つまり自分を認めてくれる人の下で働きたい暮らしたいということなのだと思います。多くの人が対人関係に悩み苦しみ歪んだ対人関係に発展してしまうのもこの無機質なお願いするされるの関係の延長線上にあるのかも知れません。そしてこれらはより大きな集団になるほど顕著になる性質のモノだと思います。顔の見える関係から名前だけの関係、名簿などに乗るだけの関係など大きな集団ほど希薄な関係になると言えます。これをはき違えるとストーカーなどの一方的な思い込みだけによる、歪んだ関係に発展してしまう場合もあるのでしょう。個人が認識できる対人関係はごくわずかです、顔の見える関係の中でしかお願いするされるを意識することはできません。
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